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【連載第4回】「ワールド チョコレート マスターズ ‘22」で世界が注目した日本の味覚・技術とは?

2022/11/08

2022年10月29日~10月31日、フランス・パリにて、チョコレート業界最高峰の大会、「ワールド チョコレート マスターズ 2022」のワールドファイナル(WORLD CHOCOLATE MASTERS WORLD FINAL ‘22)が開催されました。世界各地で選ばれた18名の代表選手が7つの課題に挑み、ついに優勝者が決定!

大会を応援する「Mastersパートナー」となった「増田製粉所」よりお届けするレポート連載4回目。各国審査員達からも注目された日本代表、神奈川県鎌倉市「CALVA」の田中二朗シェフの闘いぶりをお届けいたします。

「ワールド チョコレート マスターズ 2022 ワールドファイナル」表彰式(筆者撮影)

 

「ワールド チョコレート マスターズ 2022」の7つの課題と審査方法

これまで、この大会の歴史や内容について解説してきましたが、特に2015年以降、テーマや課題の解釈がかなり難しくなっています。チョコレートやカカオのみならず、食トレンドや世界情勢に関する幅広い知識と理解、語学力を含めた表現力、周囲と同調し巻き込んでいく共感性とパワーなど、要求されることが非常に多い内容。しかも全3日間に渡る壮絶な個人戦です。

1日目の課題:「#SHARE」「#WOW」
2日目の課題:「#TASTE」「#BONBON」「#YOU」。
この段階で、合計点のトップ10の選手がスーパーファイナリストとして発表され、彼らのみが
3日目の課題:「#TRANSFORM」「#DESIGN」
に挑み、最終的には3日間の合計点で順位が決定となります。

選手達は2グループに分かれ、チーム1は1日目の午前と2日目の午後、チーム2は1日目の午後と2日目の午前に競技に臨みました。チーム1はアラブ首長国連邦、ポーランド、ベルギー、カナダ、アメリカ、中国、フィンランド、スイス、ハンガリー。このうちベルギーの代表も日本人で、ブリュッセルで日本人オーナーが経営するパティスリー「Yasushi Sasaki」で修業中の松田詢吾(まつだとうご)氏。
チーム2が、日本、フランス、スペイン、イギリス、韓国、イタリア、モロッコ、オランダ、ギリシャという顔ぶれでした。
では、課題提出の流れに従って、田中シェフの作品を中心に、少し具体的な解説をしていきます。

 

競技1日目は2つの課題で明暗分かれる

田中シェフの#SHARE作品(画像提供:バリーカレボー社)

【課題1】 #SHARE

ディナーパーティーのデザートとして6名でシェアできる作品。テーブルで目を引くユニークなデザインと、ワインやチーズなどのその他の飲み物、料理に引けを取らないような作品が求められます。

田中シェフのデザートは、フランボワーズとキャラメルがけにしたポップコーン、チョコレートアイスクリームを合わせたもの。そのコンセプトは、誰もが分かち合える「アレルギーフリー」です。田中シェフは、この作品で部門最高得点を獲得しました。
日本出発前の壮行会にて、田中シェフが決意表明のスピーチで語ったこと。それは、台風の被災地の子供たちのためにとお菓子を送り喜ばれたものの、アレルギーがあり食べられなかった子供がいたことを後で知った、という出来事でした。この悔恨が、田中シェフを再び世界大会に向かわせる原動力の1つとなったのです。

そのため田中シェフは、乳、卵、小麦粉、大豆など、日本のみならず、世界各国でアレルゲンとされている食品を全て除外して、このデザートを作りました。乳製品の代わりとして、アレルゲンとならない日本の「米」を使ったライスパウダーやライスミルクパウダーを使用。ガナッシュに使ってもざらつきが気にならないレベルの粒子の細かさにもこだわったそうです。そういった素材の説明も英訳パネルにしてブース前に置き、審査員達に伝わりやすいように配慮していました。
「シェア」という概念をこのように捉え、多様性社会への配慮として具体的に表現した選手は他に無く、審査員達からも高く評価された所以です。

田中シェフの#WOW作品制作中の様子(筆者撮影)

【課題2】#WOW
架空のお店のウィンドウに人々を驚かせるディスプレイをチョコレート、ココア、またはココア由来の製品で作る課題です。自身のメッセージやコンセプトを伝えながら、通りを行き交う人々の目を引き、立ち止まらせるデザイン力が求められます。

これまでの大会では、「ショーピース」(ピエスモンテ)と言われるチョコレート製の大型細工を規定サイズ内に収めて制作する課題でしたが、今回初めて、空間全体を活かしてディスプレイするという課題となりました。背景の壁や天井も含めて考える必要があり、電線コードを通すことも可能に。選手によってはライトを光らせたり台を回転させたり、躯体そのものを動かしたりと、それぞれ工夫が凝らされていました。

また、ボンボンショコラのディスプレイとしての要素も持たせなくてはならず、田中シェフの作品は、吊り下げられた鉤状のチョコレートパーツの先に、小さなカカオポッド形のボンボンショコラがくっついていて、まるで「?」マークのよう。道行く人々が、「これは何?」と思わず目をとめそうな可愛らしさでした。

中心となるのは、田中シェフが日本予選の時に掲げた、世界の人々が心身共に「美味しい」と感じられる新たな概念、「Delicious(デリシャス)」と「Elegant(エレガント)」を掛け合わせた「DELIGANT(デリガント)」という造語。それを力強く表現し、チョコレートで本物のように作られたフルーツや野菜も並べたディスプレイがいよいよ完成に近づき、競技時間終了まで残りあと5分というその時。アルファベット形の文字を下から積み上げてきた上段の方がぐらりと揺れたかと思うと、一気に、全体が大きく崩れたのです。

メインとなる文字パーツもかなり損壊し、やり直すにはもう時間が足りませんでした。破損を免れたパーツのみで仕上げざるを得ず、この課題については、何とも歯がゆい結果に!

スペインの#WOW作品(筆者撮影)

1日目終了後、ここまでの順位と部門ごとの点数も発表されましたが、この段階で田中シェフは7位に。一方、この日、1位につけたスペインのユック・クルセラス氏は、象をモチーフとした迫力ある「#WOW」作品が特に高い評価を受けており、勢いが感じられました。しかしまだ1日目。翌日、圧倒的な点差をつけて挽回し、10位以内に入ると共に、少しでも順位を上げて最終戦に挑むしかありません。

 

競技2日目、味覚課題で好感触!TOP10に入れるか?!

思えば、スタート時から電源の接触不良によるテンパリングマシーンのストップなど、いきなりトラブルに見舞われつつ、焦らず仕事に取り組んでいらした田中シェフ。完成直前に損壊してしまった「#WOW」作品も、コンテスト会場の外側の、人通りの多いディスプレイエリアで仕事をしなくてはならず、観客もどんどん集まってきて、室温も想像以上に高くなって、想定以上に難しい環境だったことでしょう。

しかし、コンテストにアクシデントはつきもので、田中シェフも対メディアインタビューで、「作品の破損で頭が真っ白になるといったことはなかった。コンテストではよくそういうことが起きるし、翌日やるべき仕事もわかっていたので。」と話し、2日目には、もう頭を切り替えたすっきりした表情でスタートしている様子でした。

田中シェフの#TASTE作品(画像提供:バリーカレボー社)

【課題3】#TASTE
ファイナリストは、チョコレートを使ったペイストリーを競技時間中にゼロから作ることを求められます。先立って発表された大会テーマ#TMRW_TASTES_LOOKS_FEELS_LIKEに基づき、自らが考える明日(TOMORROW)のテイストを作品で表現します。また、ファイナリストは、カカオバリーのクーベルチュールチョコレートと、各国で調達した食材を使用しなければなりません。

2日目の「#TASTE」課題のポイントは、シリコン型や急速冷凍庫を使って仕込む従来のようなプティガトーとは異なる、作り立てのフレッシュなペイストリー作品であること。田中シェフはこの作品に、日本から持参した「柚子」を、カカオバリー社のチョコレートと組み合わせて使用。実はこの季節、柚子はまだ青いのが普通で、黄色く完熟した柚子を入手するのは難しいのですが、つてを頼って、何とか木成りの黄柚子を入手することが出来たとのこと。

世界的にも「YUZU」の認知度は高く、ヨーロッパでも好まれていて、フランス人のパティシエも、タルトのクリームやガナッシュなどにユズを使うことは珍しくありません。ただ、ヨーロッパで手に入るのはピューレなど加工品が一般的で、フレッシュの果実を目にすることは稀だそう。

そのため審査員達も、田中シェフのテーブルの上に置かれた柚子に興味津々で、香ってみたり、かじって(酸っぱい!!)と驚いた顔をしてみせたりする審査員も。審査中も華やかな香りが漂い、削った皮の香りが爽やかさを添え、説明パネルでも、ビタミンも豊富な日本の伝統的な素材であることを伝え、ヘルシーさという点でも好印象だった様子。この課題でも、田中シェフは部門最高得点を獲得したことが、最終日の発表でわかりました。

#BONBON作品はプレス審査も行われた(筆者撮影)

 

【課題4】#BONBON
明日(TOMORROW)のビジョンを示す、非常に革新的なボンボンを作成。数日以内に食べ切ることを前提に、食品添加物は不使用で天然素材をベースにしたフレッシュなボンボンに限ります。2種類以上の異なる食感で構成されていることも評価基準の一つとなります。

私は今回、プレスの一員として「#BONBON」と「#WOW」の評価に参加しており、最終日にはそれらの合計点で選ばれたプレス賞も発表されました。
田中シェフの「#BONBON」は、カカオポッドの形です。他の選手達のボンボンショコラが、全て型を使っていたのに対して、田中シェフは唯一、型を使わない新しい技法で製作。

田中シェフの#BONBON作品製造の様子(画像提供:バリーカレボー社)

独自に開発した器具を使い、吊り下げるようにしてカカオポッドの形に。田中シェフの説明によると、この製法は、カカオの実が成長する(#Glowing)ことを表し、その実が成長した末に収穫(#Harvest)されるという、大会テーマである「#TMRW=明日」を象徴するボンボンショコラを意味するそうです。
中は4層になっていて、中心にフレッシュの果肉感を残したりんごのコンフィ、その周囲をスパイス香るガナッシュ、ホワイトチョコレートのバニラガナッシュ、胡桃のプラリネで包んでいます。りんごと言えば、「CALVA」の店名の由来となった「カルヴァドス」の原材料。即ち田中シェフが修業したフランス・ノルマンディー地方の特産品であり、田中シェフならではのボンボンショコラとしてふさわしい素材セレクトです。
カカオポッドの両端部分に、カリッとする胡桃のプラリネの食感があるのも面白かったです。

 

【課題5】#YOU
作品に込めた想いがより詳しく伝わるように、大会テーマに沿って設定したすべての課題作品に共通する軸となるストーリーを英語で1分間説明するよう求められます。

2日目の最後のスピーチ課題で、田中シェフは、壮行会の時にも話された、再び世界大会に挑戦しようという気持ちにさせてくれた2つの大きな出来事について言及しました。友人が病気で亡くなる前に、最後に自分のお菓子を食べて笑顔になってくれたということ。そして、アレルギーのある子供達も、世界中の誰もが食べられて笑顔になれるようなお菓子を作りたいと考えたこと。それを目指す新たな概念「DELIGANT(デリガント)」について。

 

この後、2日目までの作品内容について、選手1人ずつに審査委員長から講評があり、3日目に進むスーパーファイナリストとして残ったか否かが発表されます。田中シェフは、やはりテーマの深い解釈や革新性を評価され、見事にトップ10人として3日目の競技に挑むことになりました!

 

ついに競技3日目、最後の課題へ!

田中シェフの#TRANSFORM作品製造の様子(筆者撮影)

 

【課題6】#TRANSFORM
本課題では、ファイナリストは多才さとスキルを示すことが求められます。繁華街の真ん中でモノコンセプト(単一コンセプト)のショップを経営していると仮定し、独創的で説得力のあるアイデアとフォーマット(お菓子の形状)をもとに作品を作る必要があります。1つのモノコンセプトから、3タイプの異なるターゲットオーディエンスを想定し、彼らのニーズに合わせて3つの作品に変身させなければなりません。

「モノコンセプトショップ」のテーマは、たとえば中国の選手が「月餅」、スペインの選手が「ブリオッシュ」、韓国の選手が「パブロバ」、イタリアの選手が「ジェラートのタルト」、ポーランドの選手が「チョコボール」などそれぞれ面白い内容でした。3作品を並べるので、色彩バランスもよいものが多かったです。

一方、田中シェフが提案したのは、スポーツ選手が手軽に美味しく栄養補給できるようなチョコレートバーでした。甘いおやつというよりも、トマトを使うなど、健康的なスナックとしての要素が強く、オリジナリティがありました。パッと見は、少し地味にも思われたのですが、中に空洞が出来るように生地を焼いて中身を詰めるなど、作業はかなり手が込んでいます。ただ、この日は少し時間が押してしまったようで、最後、充分な完成度に至らなかった様子も見受けらました。

この部門で最高得点を取ったのは、フランスの選手による「ゴーフレット」を3パターンで展開した作品でした。北フランスの伝統菓子「ゴーフル」。その小さなものを示す「ゴーフレット」をモチーフに、モダンでお洒落な生菓子仕立てにアレンジした見た目も華やかで、審査員の国籍を問わず伝わりやすかったように感じます。

最終課題#DESIGN、田中シェフの作品(左)とベルギー代表松田シェフの作品(右)(筆者撮影)

 

【課題7】#DESIGN(デザイン)
ファイナリストは、5kg以内のチョコレート/ココアを用いて、手作りで完全に食べられる、小さくモダンなデザイン性の高いチョコレートアート作品を創り上げることが求められます。

最後の課題は小型のチョコレートアート作品。多くの選手が、1日目の「#WOW」の主題と呼応するような作品を作り上げていました。あらかじめ主催側から提供されている流線形の白いモチーフを組み込むことが条件となっていて、この使い方にも選手達の美的センスが表れているように感じました。
田中シェフの作品は、1枚ずつ異なる形をした薄いチョコレートの板を緻密に並べていくと、全体がカカオポッドのモチーフとなり、各層に「DELIGANT」の文字が浮かび上がるというもの。ただ、角度によってその仕掛けが見えにくいところがあり、遠くからも目を引いたスペインの作品が、この部門の最高得点だったことからも、パッと見た印象でのわかりやすさが評価されたように感じました。

スペインの#DESIGN作品(画像提供:バリーカレボー社)

表彰式を経て、これからの「ワールド チョコレート マスターズ」の行方とは

ついに表彰式へ!田中シェフの名前が呼ばれると、これまでの競技中の様子や作品映像がスクリーンに流れ、改めて3日間に及ぶ闘いを思い返し、しみじみとした気持ちに。そして、2日目、3日目の得点が発表され、画面上で1日目の得点に加算され、順位が入れ替わっていきます。

表彰式、田中シェフは7位に入賞(筆者撮影)

田中シェフは、トータルで7位に入賞となりました。表彰台を占めたのは、優勝:スペイン(434点)、2位:フランス(405点)、3位:ギリシャ(404点)という結果に。

今回、スペインは最初から勢いがありましたし、過去には他の世界コンクールで優勝したこともある国です。フランスは言うに及ばず、多くの国際コンクールで上位に入ってきた国で、この2国が優勝争いに絡んでくることは想定できましたが、正直、ギリシャはノーマークでした。しかし、「#WOW」作品も独自の温もりある雰囲気で、ボンボンショコラもベリー系にライムを合わせたわかりやすく食べやすい味でした。やはり、いつどの国の代表選手が抜きん出てくるかは、わからないものですね。

田中シェフは「#SHARE」「#TASTE」「#BONBON」の3部門で最高点を獲得し、各部門賞を受賞した(筆者撮影)

表彰式終了後、関係者によるクロージングパーティーがあり、その場で各部門賞やプレス賞の発表が行われました。田中シェフが3つの部門で最高得点を獲得し、部門賞を受賞されたことは、既にお伝えしたとおりです。

田中シェフ自身、「審査員達からは、日本人で初めてここまで味覚を評価されたのはジローがはじめてだ。と言われました。 又、1人だけ全く違うことをしていたので、本当に皆に響かれたそうです。」と、評価された点を分析すると共に、7部門中、3部門も最高得点を取って、総合順位が7位というのは前代未聞だと言われたと、悔しそうに仰っていました。「味覚がそれだけ評価されたなら、#WOWを完成出来ていたら勝てていたはず。正直、完全燃焼できなかった。自分の力を出し切ったけれどもっと凄い奴がいた、というならば納得できるけれど、今回はいい負け方ではなかった」と、心残りを口にする田中シェフ。しかし一方で、これも又、コンクールの厳しい現実だということも、ご本人が一番、痛いほど理解していらっしゃることが伝わってきます。

プレス賞も、スペインが選ばれました。ボンボンショコラに限って言えば、実は、プレスとして試食できたものと審査員に提出されたものは少し仕様が違っていたのですが、私自身は、スペインには、あまり高い評価点をつけませんでした。オリーブオイルとレモンという地産地消的な組み合わせながら、オリーブオイルのクリームは油っぽさが気になり、美味しさやフレッシュさを感じられなかったこと、食感の違いを評価するとあるにも関わらず、2層の違いがそこまで明確でなかったというのが理由です。ただ、「#WOW」や「#DESIGN」の作品には見る人を引き込むパワーがあり、そのような勢いも合わせて、全体に高めの評価を受けたのではないかと想像しています。それもコンクールで勝つ人間の実力のうちだと思います。

田中シェフ(中央奥)、ベルギーの松田シェフ(中央手前)と、彼らを支えてきた師匠や先輩、同士達。日本の審査員を務めた「ショコラトリー ヒサシ」小野林範シェフ(右手前)、和泉シェフ(左から2番目)(筆者撮影)

かつて、2005年に日本人として初めて「ワールドチョコレートマスターズ」に出場した「アステリスク」オーナーの和泉光一氏は、田中氏のここまでの努力と苦労を労いつつ、今年、選手達のサポートを目的として発足した「ワールド チョコレート マスターズ日本運営委員会」代表という立場から、この結果を「美談にしてはいけない。」と仰います。

長年このコンクールに関わってきた方だけに、「優勝」という形で皆の気持ちに応えたい、という思いは田中シェフと同じほど、或いはそれ以上に強かったに違いありません。

大会をサポートしてくれた多くの企業への報告責任もあり、次回大会に向けて、今後はどのように、どこを目指すのか、具体的に示せなくてはなりません。

「今、優勝するような国のチームには、多くの場合、専門のデザイナーなども入っている。選手達は自分で考える必要がなく、言われたとおりに作るだけ、といった態勢になっているところもある。ただ、日本ではそういう人材を探すのも難しいし、最終的には選手の職人としてのプライドとぶつかる」とも話す和泉氏。難しいジレンマであり、日本は今、世界コンクールに向かって、岐路に立たされていると言えるかもしれません。

私が製菓の世界コンクールを取材し始めた17年程前には、日本は細工物は得意だけれど、ヨーロッパの審査員に評価されるような味覚作品が苦手だと言われ続けていて、それが少しずつ変わっていき、優勝を目の当たりに出来たことも何度かありました。今回、田中シェフが実質的な味覚部門で3つも最高点を取ったというのは、かつてを振り返ると、やはり凄いことだと思います。それは、急激に進む情報共有化や物流の発達により、ヨーロッパを含めた世界の味覚が、相互に近づきつつあるということも影響していると言えるでしょう。

「CALVA」のスタッフやご家族、多くの支援者が田中シェフを支えた(筆者撮影)

田中シェフにとって、今回のコンクールへの挑戦は、「職人として、人としてこう生きたい」という思いが、そもそもの原動力となっていました。「優勝」を見たかったことは間違いありません。

田中シェフや周囲の方々が胸に抱いた悔しさは、これからの「CALVA」の菓子店としてのあり方、そして、この先、「ワールド チョコレート マスターズ」を目指す次世代の職人の方々にも影響を及ぼし、過去を凌駕する力を生み出すだろうと思います。

コンクール期間、店も休みにして、スタッフの方々の渡航費用も店側で用意して、フランスまで皆を連れていったという田中シェフ。皆さんがここで見聞きしたものは、この先、きっと何かの形で生きていくことでしょう。田中シェフの挑戦は、私にも様々な感動や勇気を与えてくれ、自分は自分のするべきことを、さらに頑張ろうという気持ちを高めてくれました。

この大会を支えてくれた全ての方々に、深くお礼を申し上げたいと思います。

このレポート連載を掲載してくださいました「増田製粉所」の皆様も、どうもありがとうございました。

これから先も、「ワールド チョコレート マスターズ」を目指し挑戦する方々のことも、引き続き応援していきましょう!

(取材:スイーツジャーナリスト平岩理緒)

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株式会社増田製粉所